花を撮る理由。
おはようからこんばんは。
暮らしに夢を広げる、あいかさんです。
つい先日、長い間勤めていた会社を退職した。
業界的には、社会貢献もしているし、コロナ禍で業績は多少落ちたりはしたが、まず潰れることはないような会社だった。
僕はフリーランスになれる程のスキルも経験もないので、将来潰れる事なく安定した生活基盤を築ける会社を探して行きついたのが、今の会社だった。
今後も定年するまで、この会社に居続ける事になるんだろうなぁと思っていた。
だが、今季になって告げられた部署異動。
現在進行形の案件と、今までの成果を横取りするかのようなタイミング。
我慢しようと思えば出来たけども、今の案件を成功させるために注いできた情熱と、過去の自分の頑張りに嘘はつけず、退職しようと決意していた。
そんな折、タイミングよく転職エージェントから声をかけてもらえて、企業からオファーがもらえた。
今度の会社こそは定年まで居られるといいけれど…
そんな訳で、9月から1ヶ月程無職が決定となった。
その間に写真いっぱい撮ってやろうと思いつつも、初日から暑さのせいで完全に気持ちが萎えた笑
退職して時間が出来るのはいいけれど、もっと涼しくなってからしにすれば良かったかな笑
暑さのせいで写真撮りにいけないから、ちょっと暇つぶしに写真について考えてみようかな。
さて、僕の写真を何枚か見てくれている人はご存知だろうが、僕は花が好きだ。
人が手を加えて作り出した花も好きだし、野に咲く花も好きだ。
花はいい。
疲れ果てた肉体、ささくれだった精神を浄化してくれる。
花を見つめながら、静かに花とコミュニケーションをとっている時間が一番癒される。
そんな僕が花を撮る時は、ほぼ決まった構図でのみシャッターを切る。
日の丸構図だ。
花の向きも大抵同じ、ほぼ真正面から。
僕は作品を撮っているのではなく、個人的な花図鑑(花の記録)を作っているからだ。
花というものは、新しい品種が生まれると同時に、環境の変化などにより既存の品種も同時に失われている。
今年見た花は、来年には見れないかもしれない。
その品種が失われる事で一生見れなくなるパターンもありえるし、こんなご時世だから完全に外出禁止になって、それこそ花を見に行く事ができなくなるパターンも考えられる。
また、僕が病気になったり、年老いて外に出歩けなくなった時、写真に残した花を見ることで元気や勇気を貰えるかもしれない。
だから僕は、花を撮っている。
その花の美しさが一番よく分かる角度、構図で。
そんなわけで、過去に撮って気に入ってる花の写真を何枚か掲載しようかな。
アリウム−X-Pro2+XF90mm F2
鸞鳳玉−X-Pro2+XF90mm F2
バラ−dp3 Quattro
ベゴニア-GFX50R+GF63mm F2.8
ダリア−dp3 Quattro
ダリア−dp3 Quattro
ダリア−dp3 Quattro
ダリア−dp3 Quattro
ダリア−dp2 Quattro
ダリア−GFX50R+GF63mm F2.8
気に入ってる花の写真を載せてみたけど、ダリアがかなり多い。
ダリアは造形の見事さもさることながら、色も形もさまざまで撮り甲斐がある。
おそらく、今年もダリアを撮りにいくことになるだろう。
GFXという新たな武器も手に入った事だしね。
それでは、また!